Month: 5月 2017

突発性難聴を患って分かった聴覚障害の実際。

3月3日に突発性難聴を患い、10日ほど経ちます。右耳に大きな耳鳴りを感じ、全く聞こえなくなったことを自覚して、その4時間後にはめまいを感じました。帰りの駅の階段はグラグラと揺れる感じで、一体、自分の身に何が起こっているのかと。普通の状態ではないが、救急にかかるほどではない、風邪だろうと思い寝ました。次の朝、症状は更に悪化。伝い歩きで移動し、目の前が異常な速さで揺れています。そのまま耳鼻科を受診し、即入院。点滴治療を1週間行ないましたが、退院時にはまだ右耳は聞こえていません。耳鳴りも高音のものがずっとしていて、立つ座るの状態は10分ほどしか持ちません。平衡感覚がおかしいのが理由と考えられます。幸い、会社の社長から1か月ほど休んで良いと指示が出て、自宅療養期間となりました。家に居るだけでは、体がなまり、ストレスも溜まると考え、散歩に出かけてみました。すると全ての音を左耳だけでキャッチしてしまう。右からの情報が全くない状態になり、吐き気を伴う気持ち悪さを感じます。平衡感覚もおかしいので、歩き方もおかしくなってしまいます。危ないなと感じたのは、後ろから車が来ていたところ、私は右から車が来るものだと思ったことです。左耳だけの情報だと、このような現象になり実に恐い経験でした。今までハンドルを握る立場で、こちらに気づかない人を見かける度、「なぜ気づかないのだろう?」と感じていたことが、「もしかすると普通に聴覚障害の人が歩いているのかも知れない」という考えになりました。もっと雑音の凄いショッピングセンターでは、かなり困ります。音が占拠されてしまい、そばにいる人の声も分からず、右方向から来る人の気配も全く分からないのです。1時間もするとヘトヘトになってしまいます。今まで、この人おかしいのかな?くらいに思っていたことが、もしかすると障害があるのかもと考えさせられました。なりたくてなった訳ではない、聴覚障害ですが周囲の人の理解が必要な疾患だと感じます。http://www.itolosa.co/vio.html

ベーリングやオチョアなどの人となりを勉強した

お客様について勉学をしました。1890年にベーリング(ドイツ)、北里柴三郎(和風)が血療法をクリアさせました。1897年に、志賀潔(和風)が赤痢バクテリアを発見しました。1900年に、パブロフ(ロシア)が規定反照の追求をしました。1901年に、ド・フリース(オランダ)が突然変異セオリーを作りました。1901年に、ラントシュタイナー(オーストリア)がABOモデル血部門を発見しました。1926年に、モーガン(米)が遺伝子ロジックを作りました。1927年に、マラー(米)が遺伝子の人工突然変異を創出しました。1931年に、木原均(和風)が植物染色ボディ台数を追求をしました。1935年に、スタンリー(米)がタバコモザイクウイルスをクリスタル化しました。1937年に、オパーリン(ソ連)が「重要の滑り出し」を作りました。1952年に、オチョア(スペイン)が光合成の行程と発酵の行程を研究しました。知らないことを知れて良かったです。ロスミンローヤル 最安値